お布施

2015年6月6日      ひと言法話, ブログ      松林院

おふせ 
一般的に「布施」と聞くと法事やお葬式の導師を務めて頂いたお坊さんに施すお金をイメージします。
しかし、布施とは、布施行のことであり、本来、大乗仏教の菩薩(わたしたち)が行う仏道修行の1つです。
 布施には、金品、衣服などの財物を施す「財施」、
僧侶がお釈迦さまの教えを説き施す「法施」、
恐れを取り除く「無畏施(むいせ)」の三施があります。
私たちが日常生活で出来る布施行は、無畏施です。
それでは、「無畏施」とは、具体的にはどのような布施行なのでしょうか。
それは、宮沢賢治さんが法華経の世界観を表した「雨ニモマケズ」に「東に病気の子供あれば行って看病してやり。
西に疲れた母あれば行ってその稲の束を負い。南に死にそうな人あれば行ってこわがらなくてもいいといい。
北に喧嘩や訴訟があればつまらないからやめろといい」と無畏施を綴られています。
困っている人がいれば、自ら行って助けになる。困っているひとを見過ごさない。
町で見かける地図をひろげている観光客の人に「どこに行くのですか?」と声を掛けるのも立派な無畏施です。
 最近TVやネットで心温まる動画として「人助けの光景」を目にしますが、その行為が決して珍しいモノであってはありません。
もっと日常に、あたりまえにあるべき光景なのです。
布施とは、他者を思いやる心であり慈悲の御心です。
決して見返りを求める為に布施をするのではなく、布施をさせて頂くのです。
私たちが布施行を行う菩薩であることを意識し、行動すると、
笑顔が絶えない社会作り、戦争を行わない国作りができるはずです。 南無妙法蓮華経