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お寺や神社、お正月、横綱の化粧まわしの上に巻かれている綱と、私たちの生活でしばしば見かける白いギザギザ。このギザギザを「幣束」または、「御幣」といい、ギザギザ以外にも様々な形の幣束があります。
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幣束は、元々は神道で使われていましたが、仏教でも用いられる様になりました。歴史は大変古く、起源は遠く太古に遡り、日本最古の歴史書である「古事記」の天岩戸伝説にも記されています。

日の神の天照大神が天岩戸に御隠れになると、世界は光を失い、あっという間にまっ暗やみになりました。神々が騒ぎ始め、悪いことが次から次へと起こり始めました。困った神々は、天照大神を天岩戸から引き出す作戦を考えます。フトダマノ命が神聖な榊の枝を掲げ持ち、アメノウズメノ命は天岩戸の前でおもしろおかしく踊り、神々はお祭りのように囃し立てたのです。すると、天照大神が「私が岩戸に引き篭って、世界はまっ暗になっているのに、なんで他の神たちは楽しく笑っているの?」と外の様子を伺おうと扉を少し開けた瞬間、扉の横に隠れていた神さまが岩戸の外へ引きずり出したのです。あっという間に、日の光が大地に溢れ、世界は元の美しい姿に戻りました。

この時に、フトダマノ命が掲げた榊に結び付けられた「白丹寸手(しらにきて)」「青丹寸手(あおにきて)」が、幣束の原型だと云われています。

それでは、幣束にはどのような意味があるのでしょう?幣束は昔から神仏の乗りものとされていますが、形や使用する用途によって様々な意味合いを持ちます。ギザギザの幣束が付いているしめ縄には、神仏の居られる聖なる領域と俗なる領域とを遮る「結界」の意味があります。

一説によると、しめ縄の太い縄は雲を、太い縄から細く下がっている藁は雨を、ギザギザの幣束はカミナリをと、神々の力を表していると云われています。雲が雨を降らせ、雷は空気中の作物の栄養分である窒素を分解し、雨がその窒素を大地に溶かし込みます。このことから神仏に豊作を祈るためにお寺や神社に奉納されていると云われています。その他にも、ギザギザの幣束には、神々の降臨を表しているという説もあります。

結界には、ギザギザの幣束以外にも多くの形の幣束が使われています。お寺のお堂の天井に作る結界の「天符」には、二十八宿を表した幣束を垂らし、御宝前には、ご本尊を荘厳するために「五段連弊」という連なった形の幣束を垂らします。

また、幣束は、結界を張るためだけに使われるのではありません。お寺の御宝前に木台の付いた幣束が祀られているのを見たことがありませんか?日蓮宗では、鬼子母尊神、大黒天などの前に祀られていることが多いです。これらの木台の付いた幣束は、神仏そのものを表しています。その他にも法華経を表した幣束などもあります。

したがって、幣束とは結界を作るものであり、神仏への捧げ物であり、神仏の乗り物であり、神仏そのものです。私たち日本人は、古代より森羅万象に神仏が居て、また動物や物などにも神が宿ると考えてきました。私たちは、神仏から与えられる自然の恵みに感謝し、時に神々の祟りを畏れてきました。そんな太古より幣束は、神仏と人間を繋ぐ大切な役割を果たしてきました。今回、幣束についてご説明しましたが、幣束の意味については諸説あり、断定することが出来ません。しかし、このことに悠久の時の流れの中で、神仏に対する敬虔な心を現代にまで繋げてきたことに感動を覚えます。幣束のある場所は、神仏の居られる聖域です。どうか心を安らげ,参拝する様に心がけて下さい。